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京都地方裁判所 昭和28年(行)3号 判決

原告 松室春智 外一名

被告 京都府知事

主文

被告が原告松室春智に対し昭和二十八年一月十二日附買収令書を以て別紙第一目録記載の土地につきなした買収処分のうち(4)及び(5)の土地に関する部分はこれを取消す。

被告が原告松室庄一に対し昭和二十八年一月十二日附買収令書を以て別紙第二目録記載の土地につきなした買収処分はこれを取消す。

原告松室春智のその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用中原告松室春智と被告との間に生じた部分はこれを二分しその各一を、原告松室春智及び被告の負担とし、原告松室庄一と被告との間に生じた部分は全部被告の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「被告が原告両名に対し各昭和二十八年一月十二日附買収令書を以て別紙第一及び第二目録記載の土地につきなした各買収処分はいずれも無効なることを確認する。」との判決又はもし右が認められないときは「右各買収処分はいずれも取消す」との判決を求める旨申立て、その請求の原因として、

第一、別紙第一目録記載の土地は原告松室春智の、別紙第二目録記載の土地は原告松室庄一の各所有であるところ、訴外京都市右京区農業委員会は昭和二十七年七月五日右各土地について自作農創設特別措置法第三十条により未墾地買収計画を樹立したので原告等はこれに対し適法に異議申立及び訴願をしたがいずれも却下又は棄却され、被告は右買収計画に基き右各土地につきそれぞれ昭和二十八年一月十二日附買収命令書を以て買収処分をなし右各買収令書は同月二十日原告等に到達した。

第二、しかしながら右各買収処分はいずれも以下の理由により違法である。即ち、

(一)  右各買収処分は前記の如く訴外右京区農業委員会が昭和二十七年七月五日になした買収計画(以下第二回買収計画と略称する。)に基くものであるが、右農業委員会はそれ以前の同年五月十四日にも本件土地につき買収計画(以下第一回買収計画と略称する。)を樹立したので、原告両名は適法に異議の申立をしたが却下され更に同年六月十三日訴外京都府農業委員会に訴願をしたところ、同年七月十四日附で右京区農業委員会事務局長名を以て、「昭和二十七年六月十三日附訴願書は京都府農業委員会において附議されず買収計画を一部訂正して再度買収計画を立て直すことになつたので一応返戻する。」旨の書面をつけて訴願書並びに附属書類を原告等に返戻してきた。しかしながら右京区農業委員会は第一回買収計画を取消す旨の決議をしていないのみならず、原告等に対しその取消の通知をしたこともないから第一回買収計画はなお存続しており、従つて右存続中になされた第二回買収計画は同一事項につき二重になされた行政処分となるから右買収計画及びこれに基く本件各買収処分は当然無効かしからずとしても取消さるべきものである。仮りに百歩を譲つて被告主張の如く後の行政処分には前の行政処分を取消す旨の黙示の意思表示が包含されていると解すべき場合があり得るとしても本件の場合には該当しない。何故ならば原告等は前記の訴願を取下げていないからこれに対し裁決庁たる京都府農業委員会が何らかの裁決をするまでは訴願事件として繋属しており、前記の如く右京区農業委員会事務局長名を以て訴願書等を原告等に返還しても訴願の提起によつて生じた法律関係が消滅するものではない。従つて右訴願について京都府農業委員会においては原告等の主張を容れる裁決をすれば右京区農業委員会はこれに覊束せられて第二回買収計画を樹てることはできず又訴願が棄却せられたとすれば同農業委員会は第二回買収計画を樹立する必要もないし樹立したとしてもそれは法上不能の事項を目的とするもので当然無効である。以上の如く第一回買収計画に対し訴願中である限り右訴願につき裁決があるまでは右京区農業委員会は第二回買収計画を樹立し得ないのであるから第二回買収計画によつて第一回買収計画が取消されたと言う議論の成立つ余地はない。

(二)(イ)  別紙第一目録(1)乃至(3)記載の土地はいずれも植木畑であつて、桜、もち、ゆずり葉等数百本の樹木が栽植してあり、これらは年々剪定して育成しているから農地であつて未墾地ではない、従つてこれを未墾地として買収することは違法である。

(ロ)  又別紙第一目録(4)(5)及び別紙第二目録記載の土地はいずれも竹藪であるが、京都府は全国的に有名な竹材の生産地であつて竹材の価格も大で需要も多いのに引きかえて、これを農地として開墾してもせいぜい蔬菜の外は収穫し得ず、又蔬菜は現在では生産過剰で収益も少いから開墾する経費、労力等の大たることを思えば竹藪はそのまま竹材収穫のために利用する方が賢明である。のみならず原告等はいずれも農業経営者であつて農業生産に必要な竹材及び生活に必要な燃料の供給を右竹藪に仰いでいるばかりでなく、竹材販売により年々相当の収益を得ている点等から考えても、これを買収して開墾することは土地の農業上の利用を増進するため必要とは言い得ず、反つて原告等の農業経営を不合理化し、その安定を害する結果となるから違法である。

(三)  更に右京区農業委員会は第二回買収計画樹立に当り原告等に対し昭和二十八年四月中に本件土地を開墾したときは買収後再び原告等に売渡すが右期日までに開墾を完了しないときは他に売渡す旨決定しているが一旦買収した農地を再び所有者に売渡すと謂う様な条件附買収計画はそれ自体買収の必要を欠く違法があり、かかる買収計画を前提とする本件各買収処分も当然無効かしからずとしても取消さるべきものである。

以上の理由により被告のなした本件各買収処分の無効確認又はその取消を求めるため本訴請求に及んだ、と述べ、被告主張の事実を否認した。

(立証省略)

被告指定代理人等は「原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とする」との判決を求め、答弁として原告主張の事実中、第一、の事実は全部認める。

第二、の(一)の事実中第二回買収計画が第一回買収計画と同一土地を目的とするものであるとの点は否認するがその余の事実は認める。しかしながら第二回買収計画は原告主張の如く二重の行政処分ではない。即ち別紙第一目録中(3)記載の土地は第一回買収計画の目的となつておらず、又別紙第一目録中(1)(2)(4)(5)記載の土地及び別紙第二目録記載の土地については両買収計画において買収面積を異にしているから右二個の買収計画は全く別個の行政処分である。もし仮りに右二個の買収計画の内容が同一であるとしても第一回買収計画には次のような瑕疵が存在した。即ち

一、右買収計画は原告主張の如く昭和二十七年五月十四日に樹立したものであるが開拓審議会京都地方部会で適地判定を受けたのは同年六月二十四日であつて右計画樹立当時には未だ適地判定を受けていなかつたから右買収計画は自作農創設特別措置法施行規則第十四条に違反するものである。

二、又買収対価についても別紙第一目録(1)(2)(5)の土地及び別紙第二目録(1)の土地は現況山林であるから山林の賃貸価格を基礎としこれを千二百八十倍すべきであるに拘らず土地台帳面の地目が畑となつているため畑の賃貸価格を基礎とし、これを三百三十六倍して対価を算定していた。

右のように第一回買収計画には手続及び対価の算定について明瞭且つ重大な疵瑕があつたため第二回買収計画を樹立したものであるが一般に一個の行政処分の存在する場合これと同一事項について第二の行政処分をするのは前処分が不適当であつたからであり、従つて前処分について特に取消の処置をとらずとも後の処分をすることにより当然前者を取消す旨の黙示の意思表示が併せてなされているものと解すべきであるから、本件においても第二回買収計画樹立と共に第一回買収計画は消滅したものである。原告等は第一回買収計画について訴願中である限り第二回買収計画を樹立することはできないと主張するが原告等の提出した訴願書は原告等主張の如き書面を添付の上正式に返戻されているのであつて、右は原告等の訴願の却下を意味するものである。仮りにしからずとしても前記の如く第二回買収計画樹立によつて第一回買収計画は消滅し、従つてこれに対する訴願も当然消滅したものと解すべきであるから原告等の主張は理由がない。

第二の(二)(イ)の事実はすべて否認する、別紙第一目録(1)乃至(3)の土地は植木畑ではなく雑木林であつて、第二回買収計画樹立当時も雑草が繁茂し、且つ肥培管理等を行つた形跡もなかつたから未墾地であること明かである。

第二の(二)(ロ)の事実中別紙第一目録(4)(5)及び別紙第二目録(1)(2)の土地が竹藪であることは認めるが、その余は否認する。右竹藪を農地とすることの適否については開拓審議会京都地方部会をして技術的な点はもとより国民経済的見地からも充分検討させた上、農地とする方がより効果的であり、且つ右土地の如き都市近郊に存在するものからは蔬菜を収穫し、山間地方に存在する土地より竹材薪炭を採取する方が経済原則に合致するものと認めて買収したものである。しかして原告等の農業経営に必要にして充分な竹材は買収から除外しているにも拘らず原告等がこれを伐採しているところから見て右竹藪を買収することによつて原告等の農業経営の安定を害するものとは考えられない。

第三の事実はすべて否認する。ただ右京区農業委員会が第二回買収計画に対する異議につき決定する際、決定書に原告主張の如き文言を記載したことはあるけれども買収計画と売渡計画の手続は別個のもので買収計画に対する異議決定の際売渡について附言していても何ら法的効力をもつものではなく、右は右京区農業委員会が単に好意的に意思表示をしたものに過ぎないから右事実があることによつて前記買収計画が違法となるものではない。

よつて原告の主張はいずれも理由がないから本訴請求は棄却さるべきである、と述べた。

(立証省略)

理由

別紙第一目録記載の土地は原告松室春智の、別紙第二目録記載の土地は原告松室庄一の各所有であるところ被告が自作農創設特別措置法第三十条により右各土地につきそれぞれ昭和二十八年一月十二日附買収令書を以て買収処分をしたことは当事者間に争がない。そこで右各買収処分を違法とする原告等の(一)乃至(三)の主張について順次判断する。

(一)  本件各買収処分の前提たる買収計画が二重の行政処分であるから無効であるとの主張について、

右各買収処分は右京区農業委員会が昭和二十七年七月五日になした買収計画(以下第二回買収計画と略称する)に基くものであるところ同委員会はそれ以前の同年五月十四日にも買収計画(以下第一回買収計画と略称する)を樹立したので、原告両名はこれに対し異議の申立をしたが却下され、更に同年六月十三日京都府農業委員会に訴願をしたところ、同年七月十四日附で右京区農業委員会事務局長名を以て「昭和二十七年六月十三日附訴願書は京都府農業委員会において附議されず買収計画を一部訂正して再度買収計画を立て直すことになつたので一応返戻する」旨の書面をつけて訴願書並びに附属書類を原告等に返戻してきたことは当事者間に争がない。しかして成立に争のない甲第一号証の二、同第十号証の二を対照すると両買収計画は第二回買収計画の買収対象となつた本件土地のうち別紙第一目録(3)の土地が第一回買収計画の買収対象となつていないこと、並びにその余の土地の買収面積及び買収対価の点において相違があるけれども爾余の点については全く同一であることが認められるから少くとも本件土地のうち別紙第一目録(3)の土地を除くその余の部分については二回に亘つて買収計画が樹立されたものと謂わねばならない。しかしながら成立に争のない乙第五号証と証人内田芳夫、同玉村季夫の各証言によれば第一回買収計画は本件土地所在地区の右京区農業委員会地区委員からの申出に基き樹立されたので買収面積も右申出どおりにしたところ、その後実測の結果誤りがあり、又右計画樹立に当つてはそれ以前に開拓審議会の適地判定を受けていなかつたことが発見され、更に右買収計画には対価の算定に過誤があり、これが不当に安過ぎたため、京都府農業委員会では右京区農業委員会に買収計画の立て直しを指示し既に受理していた訴願書及び附属書類等を右京区農業委員会に交付したので、右京区農業委員会事務局長内田芳夫が同委員会会長の指示により前記の如き書面を添付の上右訴願書等を原告等に返還し、同委員会では改めて前記の誤りを訂正し、適地判定を受け、且つ別紙第一目録(3)記載の土地をも対象に加えた上第二回買収計画を樹立した事実が認められる。して見ると第二回買収計画に当つては第一回買収計画を取消す旨の明示の意思表示がなかつたこと被告の自認するところであるけれども第一回買収計画に右のような瑕疵があるためこれを補正する意味で第二回買収計画がなされた本件のような場合にあつては第二回買収計画の公告をなすことによつて第一回買収計画を取消す旨の黙示の意思表示があつたものと解するのが相当である。なお原告等は第一回買収計画に対し訴願がなされた以上は第二回買収計画を樹立することはできない旨主張するが訴願に対し何らかの裁決があるまでは原処分庁において原処分に瑕疵があればこれを自ら取消して改めて瑕疵のない行政処分をすることは許されるものであり、しかも右取消は必ずしも明示の意思表示によらねばならないものと解すべき理由はないから本件においても第一回買収計画に対する原告等の訴願はそれに対する裁決がある前に原処分が黙示の意思表示により取消されたことによつて当然失効したものと謂うべきであり、原告のこの点に関する主張は理由がない。

(二)(イ)  別紙第一目録(1)乃至(3)の土地は未墾地ではなく農地であるとの主張について、

証人前田一夫、同江上敏之助、同黒田清、同松山熊造(第一回)、同小尾勝一、同板倉庄一の各証言及び検証の結果を綜合すれば第二回買収計画樹立当時右土地には桜、モミ、ユヅリ葉等十数本の樹木が散在していたけれども、その他一面に竹、雑草等が繁茂し雑木林の如き観を呈していたこと及び原告等はその数年以前から右樹木につき剪定等の手入れを行い且つ肥料を施したこともなく放置していたことが認められ、証人杉本貞造(第一回)、同松室としゑ(第一回)、同井上博道、同池内清治、同山田末吉の各証言及び原告松室庄一の尋問の結果(第一回)中右認定に反する部分は容易に措信し難いから右土地を目して農地と解することはできない。従つて被告がこれを未墾地と認定したことには何らの違法はないと謂うべきである。

(ロ)  別紙第一目録(4)(5)及び別紙第二目録(1)(2)の土地の買収は土地の農業上の利用増進するため必要ではなく、反つて原告等の農業経営の安定を害するとの主張について、

自作農創設特別措置法第三十条により未墾地を買収するには当該土地が農地として開墾に適しているものであることを要すると共に自作農を創設し土地の農業上の利用を増進するためにその土地を買収して農地開発を行う必要がなければならないこと右法条に照して明かである。しかも農地開発の必要とは言つても農業以外の面を無視して農業上の必要さえあれば足りると言うものではなく当該土地を開墾して農地にすることと、これをそのまま存置し或は他の目的に利用することとの社会経済上の利害得失や当該土地を買収することにより所有者の農業経営に及ぼす影響等を勘案してなお正当性が認められるものでなければならず、右の裁量を誤ればその買収は違法たるを免れないものと解するのが相当である。

そこでこれを本件について見るに右土地が竹藪であつて農地でないこと及びもしこれを開墾して農地にするとすれば畑として蔬菜等の栽培に利用せらるべきものであることは当事者間に争がなく、証人前田一夫、同渡辺録郎、同松山熊造(第一回)、同板倉庄一、小尾勝一、同江上敏之助、同黒田清の各証言、原告松室庄一の尋問の結果(第一回)(但しいずれも後記認定に反する部分を除く、右部分は措信しない)及び検証の結果を綜合すると第二回買収計画樹立当時、右土地には一面に真竹が成育していたけれども手入が充分でないため品質はさほど上質ではなく又密生状態も疎であり、原告等は右竹藪から年間反当、二万七、八千円の収益を得ていたに過ぎないこと、及びもしこれを蔬菜畑にすれば経営の方法にもよるけれども充分な労力及び肥料を施して栽培するときは年間凡そ十万円の収益が上ることがそれぞれ認められる。しかしながら一方証人大井重三の証言(後記認定に反する点を除く、右部分は措信しない)によれば竹藪の場合殊にその竹の種類が真竹である場合にはその育成について施肥、中耕、除草等の必要がないのに反し、これを蔬菜畑とした場合には多大の努力と費用を要し右労賃費用等を考慮に入れれば必ずしも常に蔬菜畑の方が経済上有利とは断言できないことが認められる。(従つて右土地はたまたま原告等の手入が不充分であつたためにその収益が少かつたけれども、もしこれを適切に管理することにより優良竹林とすれば前記収益高は増大するものと考えられるし、蔬菜畑としてもその経営方法が粗雑であれば労賃費用等を差引いた純益が竹藪より少い場合も考えられる)して見ると労力に余剰があり右土地を蔬菜畑としてこれに余剰労力を投入することにより高度に集約的な経営を行うときは少くとも現況の如き竹藪のまま放置するよりは国家経済的に見て有利であろうけれども一方右土地近辺の他の農家で特に労力の豊富な割合に耕地が不足し、右土地を農地として必要とするものが存在する事情については証人杉本貞造(第二回)、同山本光春の各証言及び原告松室庄一の尋問の結果(第一回)と対比して措信し難い、証人松山熊造(第一回)、同板倉庄一、同小尾勝一の各証言を除いてはこれを認めるに充分な証拠がなく、反つて後記の如く右京区農業委員会が第二回買収計画に対する原告等の異議申立につき決定するに当り昭和二十八年四月中に右土地を開墾すれば所有者たる原告等に売渡す旨決定している事実から見れば特に右土地の附近においてこれを耕地として自作農を創設すべき必要事情が存在したとは考えられない。(但し右事実の存在のみによつて本件土地を買収の必要が全くないのに拘らず買収したものと断定することはできないこと後記のとおりである。)尤も証人山本光春、同杉本貞造(第二回)、同松室としゑ(第一回)の各証言、原告松室庄一の尋問の結果及び右各供述により真正に成立したものと認められる甲第十八乃至第二十一号証によれば原告等の先代死亡後原告等が年少のため成年に達するまでとの約束でその所有地を附近の十数軒の農家において小作していたところ昭和二十五年末に右約旨に従いこれを原告等に返還したことが認められるけれども一方右各証拠によれば右小作人等は右小作地を返還すると共に附近の買収未墾地の売渡を受け、特に原告等の右竹藪の買収売渡を希望したものはなかつたことが認められるからこれを以て前記の事情が存在した証左とはなし難い。以上の事実を綜合して考えると、右竹藪を開墾して蔬菜畑にすれば経済的に見て多少有利であるとしても、これを買収することにより自作農を創設し又は土地の農業上の利用を増進する必要性の程度は比較的低いものと謂わざるを得ない。

しかるところ証人杉本貞造(第一回)、同渡辺録郎、同松室としゑ(第一回)の各証言、原告松室庄一の尋問の結果(第一、二回)及び検証の結果によれば右土地附近の右京区太秦方面は蔬菜栽培地帯であつて就中サンド豆の生産地として名高く耕作地の七割近くはサンド豆を栽培し且右蔬菜殊にサンド豆の栽培には支柱、つるの手等に使用するため多量の竹材を必要とすること、原告松室春智は田約四反五畝、畑約七反を所有して同原告夫妻及び同原告の母松室としゑが主として農業に従事し、原告松室庄一は原告松室春智の実弟であつて田約一反九畝、畑約八反五畝を所有して同原告及びその妹が主として農業に従事し、原告両名共収穫期等には他人を雇うけれども通常は前記の者のみで農業を経営する専業農家であること、原告等は各その所有の畑において主として蔬菜を栽培し、右竹藪から年間反当約六十束の竹材を採取してその約三分の一を自家の蔬菜栽培の支柱用等として消費し他を時折近隣の者に無償で使用させる外これを売却し、又原告等方の約半年分の燃料の供給を右竹藪から仰いでいたこと、原告等は右竹藪の外には太秦北路町十八番地所在の三畝余の竹藪及びその外に薪炭採取用の山林一反三畝余を所有するのみであることがそれぞれ認められ(右認定に反する証人松山熊造(第一回)、同小尾勝一、同板倉庄一の各証言は前顕各証拠に照して措信することができない。)右認定事実からすれば原告等は右竹藪を買収されることによつてその農業経営に相当重大な支障を受けるものと考えられる。尤も成立に争のない乙第三号証と証人大井重三、同松室としゑ(第一回)原告松室庄一の尋問の結果(第一回)及び検証の結果によれば原告等が第二回買収計画のあつた後昭和二十七年秋頃及び同二十八年二月頃の二回に亘つて別紙第一目録(5)及び別紙第二目録(1)(2)の竹藪及び本件買収処分の対象となつていない太秦北路町十八番地の竹藪を伐採したことが認められるけれども一方右各供述及び検証の結果によれば別紙第一目録(5)及び別紙第二目録(1)(2)の竹藪については後記の如く右京区農業委員会から昭和二十八年四月までに開墾すれば原告等に売渡す旨の指示があつたので原告等はその農業経営上相当の不利を蒙るが故に伐採するに忍びなかつたけれども右土地が他人の手に渡るよりはむしろ自己の畑にした方が得策と考えて伐採の上開墾に着手したものであり、右十八番地の竹藪についてはそれが前記三筆の土地の中間に存在し併せて一団の竹藪と構成しているために畑にするならば地形的に見てこれのみを残すのは著しく不便であり且つ別紙第一目録(4)の竹藪のみが前記四筆の竹藪と独立しているところから右竹藪を買収対象から外し十八番地の方を買収対象にして貰うつもりで前者をそのまま存置し、後者を伐採したことが認められるから右伐採の事実を以て本件竹藪が原告等の農業経営に必要でない証拠とはなし難い。又右の如く被告が原告等の農業経営上必要であることを考慮して右十八番地の竹藪を買収しなかつたこと明かであるが、これを以てしてもなお原告等の農業経営に必要な竹材の一部及び原告等の生活に必要な燃料の相当部分を失わせることに変りはなく原告等の農業経営に相当程度の悪影響を及ぼすことは否定することができない。(なお右事実からすれば本件買収処分当時においては右土地の大部分は既に竹藪ではなかつたこと明かであるけれども右買収処分の前提たる第二回買収計画樹立当時においては竹藪であり、又しかるが故にこれを未墾地として買収処分をしたのであるから右買収処分の適否は右買収計画樹立当時を規準として決するのが相当である。)しからば以上説示の事情をかれこれ考え合せるときは右竹藪は自作農の創設、土地の農業上の利用の増進という観点からして買収の必要度が低い反面、右竹藪を買収することによつて既存農家たる原告等の農業経営に及ぼす影響はかなり重大であるものと謂わねばならないから本件各買収処分中右竹藪に関する部分は正当性を欠くと謂うの外はない。

しかしながら右瑕疵は買収処分を当然無効ならしめる程重大なものではないと解するを相当とするから本件各買収処分中右竹藪に関する部分は違法として取消すべきものと謂わねばならない。

よつて右以外の別紙第一目録(1)乃至(3)の土地に対し次の(三)の点について判断する。

(三)  買収後再び被買収者に売渡す旨の条件附買収計画はそれ自体買収の必要という要件を欠くとの主張について、

成立に争のない甲第三号証及び証人松山熊造の証言(第一回)によれば右京区農業委員会が第二回買収計画に対する原告等の異議申立につき決定する際附帯決議を以て原告等が本件被買収土地を昭和二十八年四月までに開墾したときは再び原告等に売渡す旨決定し、その旨を右決定書に記載して原告等に通知した事実を認めることができる、しかしながら未墾地の買収及びその売渡はそれぞれ別個の要件に基き且つ異る見地からして決せられるものであり、又手続としても互に独立したものであるから仮りに買収計画に対する異議につき決定する際前記の如く附帯決議をしこれを原告等に通知しても右決定は買収計画に附着してその条件となるものではなく、又売渡計画樹立に当りこれに拘束されて原告等に売渡すことを義務づけられるというものでもない、ただ右のような決定がなされた事実からして右買収計画は自作農創設特別措置法第三十条に言う自作農創設という観点のみから見ればその必要性が少いことが看取されるけれども土地の農業上の利用を増進するという観点からして買収の必要があつたこと成立に争のない乙第五号証、証人江上敏之助、同黒田清の各証言及び検証の結果によつて一応認められ、右認定を覆すに足る反証はないから右土地に対する買収計画には違法な点はなかつたものと謂うべくこの点の原告等の主張は理由がない。

以上の次第で被告が原告松室春智に対し別紙第一目録記載の土地につきなした買収処分の中(4)(5)の土地に関する部分は違法であつて取消すべきであるがその余の土地に関する部分は何らの違法がないから右部分に関する同原告の請求は失当として棄却すべく被告が原告松室庄一に対し別紙第二目録記載の土地につきなした買収処分は違法であるから全部取消すべきものとし訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣久晃 鈴木辰行 大西勝也)

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